「」さんのページ
9点 ぼくらの
鬼頭莫宏さんの作画は、個人的にはしっくりきません。
人物の表情に抑揚がなく、人物の差異が髪型や服装でしか
見分けることができず、男女の区別すらままなりません。
本作品で最初15名もの子供たちが登場すると、
もう何がなんだかわかりませんでした。
そんな嫌悪感を耐えながら1巻を読み進めますと、もう
最後まで止まりませんでした。
最終話までの構成と展開は、始まる前から用意周到に準備
されていたかのように流れるように話が進みます。
子供たちが抱える現実と無力な彼らの悩みが浮き彫りになってきます。
15人に最初から用意されていた個性でしょう。
「人は生まれながらにして、生命に対して業と責任を背負っている」
という言葉で、全体のモチーフが構成されています。
15人の子供たちがリレーをするように命のバトンをつないで
いく姿には、人類を救いたいとか気負った正義は感じられず、
しかししっかりと身の回りの小さな家族や、残った人を想ったり、
過去の自身の贖罪だったりが動機づけになっています。
SFがベースにあるのは間違いないのですが、しっかりと
人間ドラマを描き切っており、何度も読み返したくなるような
記憶に残る作品と思います。
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[投稿:2018-08-14 02:06:06] [修正:2018-08-14 02:06:06] [このレビューのURL]
9点 今際の国のアリス
私が福本作品や『ライアー・ゲーム』や『嘘喰い』なんかを嫌うのは、自分の欲望からそういう馬鹿げたゲームに入っていることなんだよ。
勝ったら莫大な富を得るという、どうでもいいことで大事なものを賭けるという、ギャンブル物なんだよな。
『今際の国のアリス』はそこが違うわけ。「生きる」という当たり前に与えられた命を、生きるために投げ出さなければならない。
つまり、生きるとは死ぬことである、という死生観を彷彿とさせる作品なんだな。
もちろん先鞭がつけられた構造で、理不尽に攫われて命懸けのゲームをさせられるということは既に多々在るんだよ。しかしそういう既存の作品との違いは、登場人物たちがその中でただ生き延びるだけではない、崇高さというものを見せてくれる点にあるんだな。
人間の弱さが前提としてあり、そこから不信も不安も広がっていく。しかし、だからこそ、闘おうとする者たちが生まれてくる。
これは人類がこの世界の理不尽と闘い続けてきた歴史そのものなんだよ。
我々はこの世界に放り出されたような存在なわけ。そして否応無く理不尽と闘わなければいけない。
実はこの我々の世界と、あのアリスたちの世界はまったく同じものなんだよ。
生きるために何事かをしなければいけない。それには仲間と協力しなければいけない。力を得なければいけない。
それを拒絶すれば、あのレーザーのように、自分の死を迎えるしかないんだよ。
欲望でギャンブルをするというものとは、一線を画する作品なんだよな。
あのビーチが都市や国の形成を示すことはわかるな。いろんな人間たちが集まって、一つの規律によって仲間となっている。
そして宗教も生ずるわけだ。
規律というものが大きな集団を形成し、夢というものが大きな力を創造する。
そしてそれを破壊する力もまた現れてくる。
生きるとは何なのか。死ぬとは何なのか。それを眼前に見せ付けてくれることがあの作品の醍醐味なんだよな。
そしてそれは、自分のために生きることではない、という結論が最初から一貫している、ということだな。
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[投稿:2018-08-10 11:20:41] [修正:2018-08-10 11:20:41] [このレビューのURL]
9点 Rozen Maiden
私が『ローゼンメイデン』をいいと言うのは、「モノがモノでない」ということなんだよ。
「人形が動くわけがない」っていうのは正しい見識だよな。でも本当にそうであれば、こんなに人気が出るはずがないのな。
ジュンは何もしない現代の象徴的な人間であり、ひきこもりじゃない。家族の愛情さえ受け付けない意固地な孤立した存在だよな。いつまでもウジウジと殻に閉じこもっていたわけじゃない。
そういう「人間が人間ではない」という状況がまずあったわけ。
そこに「人間ではない物質が動く」という挿入があったんだよ。この構造が物語の骨子なのな。
まあ、私なんかは人形について特別な思いいれもあるから。人形という物が人の形をなぞることで生命を得ることを知っているからな。だから一層分かるんだと思うよ。
でも人形の文化を研究すれば、古代から人間が「物が物でない」ということを感じていたことがわかるんだよ。物質を貫通するエネルギーを感知して理解していたんだな。
だから物質をある形にすることで、貫通するエネルギーを利用できることを知ったんだな。
日本刀って人を斬るための道具だよなぁ。でもそういう存在とするために、様々な研究と努力があったわけだよ。そうして「人斬り包丁」としてのエネルギーを貫通させて日本刀というものが完成されたの。
こういう言い方をするとわかるだろ?
でも全部の物質がそうなんだって。その実存を為すエネルギーが貫通している、ということ。
その観念が『ローゼンメイデン』では命のある人形として在るわけ。
日本刀を為したように、命のある人形を作る術を完成させた「お父様」と呼ばれる存在を創造したんだな。それは日本刀と同じ延長線上にある創造なんだよ。そういう「物の実存」を表現した物語なんだよな。
もちろんそこにゴスロリなどの魅力ある要素なんかを盛り込んでもいるよ。でもそれはあくまでも装飾の魅力だからな。そこじゃないんだよ、売れる本質は。
で、ジュンが動き出すのは何がそうさせたのか、ということだ。
それは人形たちが「闘う者」だったからなんだよ。姉妹で殺し合わなければならない宿命だよ。つまり、最も人間的な要素である「闘い」というものによって、物語が躍動することになったんだな。
闘う存在だからこそ、彼女らの友情も悲しみも非常に美しくなるわけ。
もしもあれがただの愛玩の人形が喋った、なんてことだったら、そんなもの全然人気なんか出ないんだ。闘わねばならぬ、という人間に普遍のものがあったからなんだよな。人間はいつだって闘わねばならないんだから。運命とな。
その宿命が貫通したからこそ、キャラが非常に魅力あるものとなっているわけ。
まあ、言い換えれば、あのジュンという存在は現代人に通ずるものがあるからな。理屈で何でも自分の都合よく解釈したがる、というな。そして自分は何もやらない、という。
そういう存在が闘う者によって躍動を始めるから面白い、ということだな。
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[投稿:2018-08-09 22:25:18] [修正:2018-08-09 22:25:18] [このレビューのURL]
9点 賭博覇王伝 零
偶然にも今週始めからテレビドラマ化がされましたが、
久し振りに福本伸行を堪能したいと読みだすと、止まりませんでした。
1日もかけずに全8巻読み切りたくなる衝動は、全く
福本ワールド全開のせいです。
あいかわらず、人間社会の格差と人間そのものの能力格差を
全面に押し出してきますね。
そこに一獲千金の人間欲を絡めると、人権無視の非情の世界が
生まれても誰も異議を唱えません。
だけど本当に最後の命のやり取りになると、凡人は烏合の集となって馬脚を現す。
福本氏の作品の魅力は、主人公のヒーロー、天才たちよりも、
人間の愚かな習性、本質を見抜いた周囲の凡人たちを表現して
くれることかもしれません。
さまざまな関門やゲームは、やや必然性に欠けており、
一種の気づきに依存しているところがありますが、
全般に一定品質は維持されていたと思います。
天、カイジ以降、期待に応え続ける福本伸行氏に今後も期待したいです。
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[投稿:2018-07-17 06:42:34] [修正:2018-07-17 06:42:34] [このレビューのURL]
9点 ゴールデンカムイ
ちょっと下ネタやホモネタをギャグとはいえ多用し過ぎではと思うクセはありつつも(ギャグセンスは高くシリアスとの調和も上手い)、逆に言えばそれでも各種漫画賞を獲得して、現在をリードする作品の一角になるだけはあります。
和風闇鍋ウエスタンと公式で紹介されているのが言い得て妙かなと。アイヌを中心とした本格的な歴史ロマンやバトルアクション、「山賊ダイアリー」を彷彿とする狩猟とグルメ、金塊を巡る謎や騙し合いなど良素材が調和したごった煮感が独特。
男臭い作品ながらヒロインが凛々しくかわいいのも光ります。
あとはメインストーリーが金塊争奪戦でキーマンが死亡、舞台が北海道から樺太になった現在はそこまで引っ張れる感じではないと思いますが、そこは人気作品にありがちな事態にならないことを祈るばかりです。今後を注視したいと思います。
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[投稿:2018-06-30 06:11:57] [修正:2018-06-30 06:11:57] [このレビューのURL]