「とろっち」さんのページ

総レビュー数: 300レビュー(全て表示) 最終投稿: 2009年10月09日

サバイバル・ラブ・サスペンス。

この作者の作品全般は以前から自分の中で「大人のしるし」とも言えるような、大人向けのイメージ。
それをこれだけ面白く読めたということは、 自分も大人になったな、という気がします。 当たり前か。

ダメ女に魅せられ、振り回されて、少しずつ(ただし自分の意志で)人生が狂っていく主人公。
そんな彼が下す決断は、共感できる部分とできない部分とのギリギリのところを常にうまく突いてきて、
先の読めないジェットコースター的な展開に目が離せなくなります。
ほのぼのとした暖かみのある絵で、こんなサバサバしたサスペンスをやられてしまったという
ギャップが、良い方に転がっている作品です。

平穏、無難。 それと相反する苦難、波乱。 生きているという実感。
人は皆そういうものを心の奥底で望んでいるのか、とも思えてしまうほどに研ぎ澄まされた愛憎劇。

「君に野心と、本気があるならばな。」

本気のしるし。
 

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-01-13 01:18:10] [修正:2011-01-13 01:19:08] [このレビューのURL]

8点 トリコ

この作品、最初に読んだときには妙な既視感がありました。
よくよく考えてみると、「HUNTER×HUNTERの美食ハンターの話を広げただけじゃん」と思ったり。

その他、バトル重視の展開に走りがちだったり、捕食レベルのインフレが甚だしかったり、
やっぱり品がなかったり、モンスターデザインがお世辞にも格好良いとは言えなかったりもします。

が、それらを補って余りあるほどに楽しい展開も待ち受けています。
そもそも話の目的が「敵を倒す」ことではなく、「人生のフルコースを完成させる」こと。
未知の食材を探しに秘境を訪れたりとか、伝説のスープを作ろうと試行錯誤したりとか、
冒険心、宝探し、そういう欲求をくすぐるようなことがものすごく丁寧に描かれています。
そしてバトル一辺倒にならないための「料理人」小松の存在感。 すごく良いです。

「夢と希望に溢れた世界」なんて今や死語もいい所ですが、この作品にはまだまだそれがありそうです。
読むたびにドキドキワクワク感を与えてくれる、数少ない良質の少年漫画。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-12-28 01:03:19] [修正:2010-12-28 01:25:42] [このレビューのURL]

8点 屍鬼

この作品で一番すごいと思ったのが、「小野不由美のホラー小説を藤崎竜が漫画化する」という発想。
ギャグ色が強くてある意味奇抜な絵柄の藤崎竜は、ホラーにミスマッチ、だと思ったんですけどね。

この作品の漫画としての面白さは、やはりその画力によるところが大きいです。
彼の絵は、造形美が上手いとかそういうのとは違う種類の上手さで、
他の漫画の言葉を借りると、世間一般に言われている上手さの 「斜め上を行く」 上手さ。
ポップでありながらホラー。 彼にしか描けないと思います。

封神演義のときは全体的に白っぽい印象でしたが、今回は黒の使い方が特に秀逸。
展開の都合上どうしても夜の場面が多くなってしまいますが、濃淡を上手く使い、
雰囲気を損なうことなく登場人物を鮮明に描けているのがすごいです。
それにより、原作では文字のみで表現されていた不気味さが視覚的に体感できるようになっています。
小説を漫画化する上での最大の特長ですね。

小説のコミカライズに抵抗のある方もいると思いますが、個人的には面白ければ何でもありです。
小説を書いた人が漫画も自分で描くならまだしも、別の人が介在しているわけで、
全く同じものができるはずもないし、全く同じものを作る必要もないんじゃないかな、と。

この人が絡むとどうしてもコミカルな部分が増えてしまうのは否めないですが、
この作品ではそれが好転しているのではないでしょうか。
重々しく陰惨な雰囲気だった原作が、全く別の雰囲気のホラーに生まれ変わりました。 今後も期待。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2010-11-22 00:51:09] [修正:2010-11-22 00:51:49] [このレビューのURL]

人間が壊れていく。 身体も、心も。
「あたしはもうすぐ使いものにならなくなる もっと長くもつかと思ってたけど……意外と早かったなあ」
全身を作り変えるほどの整形手術で美貌を手に入れたトップモデルが、
手術後の激しい後遺症とストレスに悩まされ、蝕まれて、落ちていく様を描いた作品。

平然とした中で進行していく狂気。 ちょっとした歯車のズレ。 少しずつ、確実に忍び寄る崩壊の時。
こういう話を描けば、この作者の感性に勝てる人っていないんじゃないでしょうか。
暗い話でありながら暗さを感じさせず、辛い話でありながら辛さを感じさせず、
痛くないナイフで身体をえぐり取られていくような感覚。

りりこは自分が破滅に向かって歩き続けていることを知っています。
自分が期間限定なのを知っています。

ただ、これを悲劇の話だとは感じませんでした。 むしろりりこの強さに唸らされました。
その強さは、男性では決して持ち得ない、女性ならではの強さ。
限界が目前に迫り、りりこはさらに美しく輝きます。
「りりこがいちばんキレイだったのって、この頃だったかもしんないって思うんです」

そんな中、りりことは違う世界に生きる特別な存在、吉川こずえを出すことで、
りりこという存在がさらに際立って見えてくるから凄いです。
「人間なんて皮一枚剥げば、血と肉の塊なのに」
その皮一枚が本当に若くて美しく、自分への自信が全く揺るがない、吉川こずえ。
そうではなかった、りりこ。

一般人と対極のところにりりこは存在し、あんな風にはなりたくないと思い、
でも一方で、心のどこかで共感、羨望してしまう、そういうものをりりこは持っているのでしょう。

りりこの脆さ、りりこの弱さ、りりこの逞しさ、りりこの美しさ。
りりこの強さ。

誰もりりこにはなれないのかもしれないし、誰でもりりこになり得るのかもしれません。


未完終了ということにはなっていますが、一応の話の決着はついています。
どこか含みを持たせるような終わり方ではあるものの、こういうのもありかな、と思わせてくれます。

タイトルはかの有名な曲から取ったのでしょうが、元々の意味は「すべり台」であり、
「狼狽」「混乱」の意味も併せ持つとのこと。
人間が転げ落ちていく様を表すのにこれほど適した言葉も無いのかもしれませんね。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2010-11-04 01:37:32] [修正:2010-11-04 01:37:32] [このレビューのURL]

自分の中の「面白い」という感覚が、世間が欲している「面白い」と一致するならば、
その才能は天才と呼ばれてもおかしくないでしょう。
頭の中にあるその才能を世に広めるには、「面白い」という漠然としたものを明確にし、
アウトプット(プロット、仕様書等)して具体化していく作業が必要になります。

しかし、話はそんなに簡単なものではないです。
今やゲームは日本を代表する一大産業。
大勢の大人が、何ヶ月、何年という長い時間をかけて作る、「商品」としてのゲーム。
他人との、他社との駆け引き、政治力、予算、締切、規制、流行、さまざまな要因が行く手を阻みます。
そしてそれらに振り回されているうちに、何が「面白い」のかわからなくなってしまう…。

「なぜ 作りたいものが作れない 作りたいから作る ただそれだけなのに」
「自分が感動してないモンを売って 他人の気持ちを動かせるほど オレは自信家じゃない」

いや、正直、前作「東京トイボックス」のときよりずっと面白くなっています。
やっていることは同じなんですが、全体の大きな流れ、うねりの中でストーリーが展開され、
世界観が広がり、より一層深みを増した心理描写。
この作品はどちらかというと、「生みの苦しみ」 をクローズアップしているように感じられます。
それぞれが弱さをさらけ出しているからこその、こんなにも人間臭くて魅力的なドラマ。

実際のゲーム業界の裏側という「現実」を描いているのかは正直わかりませんが、
個人的にはそこはどうでもいいと思っています。
読む人に説得力を与え、作品世界に引き込んでくれるような設定描写が巧みだからこそ、
「作品としてのリアリティ」が感じられる、熱い作品です。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-10-22 00:36:39] [修正:2010-10-22 00:37:54] [このレビューのURL]

現代でも世界各国でそれぞれ言葉、法律、慣習、常識、ありとあらゆるものが違います。
日本だって「日本全国」なんていう言葉が今でも残っているぐらいなので、
昔はいろいろな国の集合体だったんですよね。
東北の人と九州の人とでは会話すらもままならなかったらしいので、
そのぐらいに言葉や文化が各地域で異なっていたということなのでしょう。

それぞれの国、それぞれのムラで行われていた独自の風習。
そこで浮き彫りになるのは、皆でやれば怖くない、というのと、皆と同じことをしなければならない、
という二つの考えに支配された、排他的な発想。 集団意識の恐ろしさ。
掟を破ったものに対する「村八分」がそこに暮らす者にとってどれほど致命的か。

ただその風習も、そこで生活する人たちが必要に迫られたから始めたわけであって、
それを外部の人が見て「正しくない」なんて言っても余計なお世話なんですよね。
そもそも、正しい、正しくない、っていうのも、見た人の風習に則って判断しているわけですし。

「大切なのは そこに住んでる者が それで幸せかどーかだっぺ」

この作品に話を戻しますと、そんな日本の伝統を軸に、古来からの風習の恐ろしさを感じさせながら、
同時にしっかりジュブナイルもやっています。
漫画的な面白さを追求しながらも、作品としてのリアリティを崩さず、すっきり読みやすく、
展開の速いサスペンスとして読者を引き付ける構成の上手さ。
仲間として認められたとき、禁忌に触れたときの、村人の手のひらを返したような態度が印象的です。

まぁ小難しく考えなくても、町に生きる相浦とムラに生きる澄子との純愛物語として読むのもありです。

ラストがすごく良いですね。
一方で、こうやってまた日本からムラが無くなっていくんだな、なんてしみじみ考えてしまいました。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-09-15 01:26:32] [修正:2010-09-15 01:27:07] [このレビューのURL]

毎週木曜日の放課後のみに出現する保健室。そこでは学校を卒業するための特別授業が行われる。
選ばれた者だけが受けることができるその授業とは、夢の中で、ある物を奪い合うこと。
現実世界での心の歪みを投影した異形の姿で現れる生徒たち。 本性を剥き出しにして争い、戦う。
そうして試練に勝ち抜いて卒業できた者は、皆の記憶からその存在が消えてしまうこととなる。
「卒業」 とは一体何なのか。 そして授業を受ける者の空にのみ現れる 「黒い月」……。

これは予想以上に面白かったです。
自分がこういう先の読めないミステリーやダークファンタジーな雰囲気が好みというのもありますが、
謎が謎を呼び、それらが終盤ですべて綺麗に収束されていく構成は、息を呑むほどの見事さ。
広げた風呂敷をここまで見事に畳みきった作品は他にあまり記憶にありません。
伏線の張り方も素晴らしいです。読み直しの2周目に突入して最初っから度肝を抜かれました。

伏線をちゃんと回収すれば良作なのか、と言えば、もちろん必ずしもそうとは限らないですが、
ミステリー系の作品で全体をうまくまとめることは十分に評価の対象になりえると思います。
作者の「ほぼ事前のプロットの通りに(=思い通りに)進められた」との言葉にもあるように、
打ち切りも引き伸ばしもない、恐らくは特別待遇の中で描かれたこの作品。
連載当初から計算ずくで描かれたがゆえの完成度なんでしょう。少年誌では真似できないですね。

あとはもう好みの問題かと。
主人公のヘタレ具合や半陰陽のような設定を絡めた内容、そしてラストの展開が好みに合うかどうか。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2010-09-09 01:07:51] [修正:2010-09-12 10:57:27] [このレビューのURL]

エベレスト初登頂に挑んだ登山家マロリーの残した謎をめぐるミステリーを絡ませながら、
一人の不器用な男の生きる様を力強く描いた作品です。

夢枕獏氏の原作小説が秀逸なのは言うまでもないですが、
この作品が漫画として素晴らしいのは、やはり谷口ジロー氏の圧倒的な描写力。
言葉が拙くて申し訳ないですが、何と言うか、「山が凄まじい」。
圧倒的な山の量感と、それに挑む人間という存在の小ささ。
周囲には他の動物はおろか、鳥や虫の姿もなく、草すら生えない、生物が生存し得ない場所。
岩と雪の世界。 押し潰されそうなほどの孤独感。
山に挑むとは、すなわち 「地上から神々の世界へ足を踏み入れる」 ことなのだと。

グランドジョラスでの鬼気迫るような描写が圧巻です。

落下するときのコマ送りの感覚。
寒さと眠さで意識が朦朧となる感覚。
襲い掛かる幻覚、幻聴。 聞こえるのは風の音と自分の呼吸音のみ。
死にたくない。
そして生きてもいいという権利を自分の手で掴み取る瞬間。
生と死とを分ける瞬間。
「神がとか幸運がとは言わない。 このおれがその権利を手に入れたのだ」

読んだ後に知ったのですが、グランドジョラスの話がほぼノンフィクションであることに驚愕。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-08-09 21:48:02] [修正:2010-08-09 21:48:02] [このレビューのURL]

この漫画まで登録されていますか…。

新聞掲載の4コマという特性上、後から何度も読み返す類の作品ではないですが、
それだけに時事ネタの使い方が半端じゃなく上手いです。
現実の出来事と作品とを上手くリンクさせ、それでいて作品の雰囲気を少しも損なわず、
一つまみの皮肉をピリッと効かせたオシャレな4コマ。
毎年受験シーズン恒例の「オチのない話」なんていう愛嬌たっぷりのものもあり、
一服の清涼剤にも、ちょっとした刺激にもなり得る、日々の密かな楽しみの1つです。

あずまんがを祖とする萌えーな感じの現代的4コマとは進化の方向性を異にした、
言わば旧タイプの4コマですが、
ほんわかした雰囲気と鋭い視点とを併せ持った、極めてレベルの高い作品だと思います。

それにしても、スタジオジブリにより劇場公開された「となりの山田くん(現・ののちゃん)」といい、
この作品といい、朝日新聞は4コマのレベルが高いです。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2010-07-16 22:37:04] [修正:2010-07-16 22:41:30] [このレビューのURL]

みんな一人では生きられないから、誰かが誰かにとって特別な一人になる。
そういう誰かとめぐり会って結ばれて、幸せからまた幸せが生まれて、
愛しみあい、寄りそって、
遥かな道を歩いていく。

母と娘が奏でる、実に優しい成長物語。

現代のおとぎ話のような作品です。ファンタジーじみた、現実ではちょっとありえないような話。
作中でも厳しいこと、悲しいこと、辛いことはいろいろ起こりますが、
実際のシングルマザーの過酷さはこんなものじゃないでしょう。
でも、この作品の楽しさは、リアルな生活を追及することではないです。
そういうのは、それらをテーマにした山ほどある(かもしれない)他作品に任せておけばいい。

嬉しいこと、楽しいこと、日常でふと感じた些細な幸せ。
そういうものを抽出して作られたのがこの作品です。
心がちょっと病んだときに読むと効くんでしょうね。
親子での「ギュッ」、好きな人との「ギュッ」はどんなものにも勝るということ。
単に作品自体が優しいだけでなく、読む人を優しい気持ちにさせてくれる作品です。
こういう直球勝負の作品もいいですね。思いがまっすぐ胸に届きます。

これはもう全くもって大人の女性向けのお話。

作品を見事に表現したタイトルが実に秀逸です。その本当の意味はすぐに明らかになりますが。
あ、ちなみにこの作品は音楽漫画ではありません。念のため。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2010-07-08 21:20:21] [修正:2010-07-08 21:25:10] [このレビューのURL]