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総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

6点 ヴィリ

ヴィリは舞姫(テレプシコーラ)の第一部と第二部のつなぎとして描かれた。テレプシコーラに隠れて今一目立たないけどこれも良い作品。

東山礼奈は43歳になるが今でも日本でトップクラスのバレエダンサー。高校生の娘を持ち、バレエ団を経営する身でもある。
一時休養していた彼女であったが復帰作としてジゼルの全幕を発表することに。
バレエ団のパトロンも現れ、恋の予感も芽生えてと万事順調に思えた彼女であったが…。

「ヴィリ」とは結婚直前で亡くなった女性が精霊になったものということ。礼奈が踊る予定のジゼルにも登場する。
このタイトルから何となく内容とテーマが見えてくると思う。

テレプシコーラの第一部を見た人は分かると思うが、山岸涼子は構成がとても上手い。それは先が読めないのに後から読むと必然的だと感じられるということ。
先の展開へのきっかけというのはもちろんあるのだけど、山岸涼子の場合あまり伏線と言うのが似つかわしくない。それは勘違いであり見落としでもある。確かに提示されているものなのに、登場人物と一緒に読者まで間違ったりスルーしてしまうのだ。ゆえに事件は降って湧いたような気がするのだけど、確かに話はつながっているし、つながりがあるからこそ後悔が真実味を帯びる。

このヴィリでもそれは変わっていなくて、満たされた状態から奈落の底に落ちる話を山岸涼子は痛いほどに巧みに描く。
ジゼルというのはこの作品の解釈では、貴族の戯れの恋としてジゼルをもてあそんだアルブレヒトをヴィリとなったジゼルが許す物語だ。
作中で礼奈は彼を許せるジゼルを踊りたいと言う。愛とは許すことなのだと。

「許す」というのは一つのキーワードだろう。
辛い過去は許さないと、折り合いをつけないとその人自身を蝕んでしまう。どうしても折り合いがつかなくて鬼や化け物になってしまう童話や物語をどんなにたくさん思いつくことか。バットマンやジョーカーだって、過去を切り離せないからこそ異形の姿になってしまう。先に進めなくなってしまう。

ヴィリはそういう昔からある「許し」をモチーフにした話を現代的に分かりやすくリファインした作品と言えるだろう。許すことの意義が丁寧に描かれている。

定番だからこそ、山岸涼子の確かな実力が際立つ良い作品だった。

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[投稿:2011-10-19 23:26:06] [修正:2011-10-21 00:28:14] [このレビューのURL]

日本の兄弟も青い春と同様に松本大洋の負の部分が発揮された作品だ。
でもこちらの方はともすれば抜けられずに死んでしまいそうな、そんな暗いものがある。

「何も始まらなかった一日の終わり」シリーズでは死を見つめている。

死に向かって飛ぶ青年。
初めて死を意識した少年。
死を目前にした男の回想。

それはLOVE2 MONKEY SHOWでも変わらない。

「死」は日本の…シリーズから転じて「虚無」になる。
あきらめ、都市の中での孤独感、疎外感、松本大洋の線は抽象的な寂しさを表すのが上手い。
そういう虚無感から生まれたファンタジーが日本の兄弟だろうか。そこでは勉強に意味はない。クジラが雨を降らすユートピア。

頑張って言葉で表そうとしてみたけど、難しい。それはやはり松本大洋がはっきりとしない感情を漫画にしたからかもしれないし、まだこの時は表現力がテーマに追いついていない部分もあるのかもしれない。
同一ではないが、Sunnyにも登場するハルオやはげまし学級という名前もこの作品には見られる。抽象的にならざるを得なかったのだろうか?

ダイナマイツGON GONだけはこの短編集の中での位置づけがよく分からない。わりと明るくて単純な話な気がするので他の短編とのつながりがあまり見えないのだけど。

私が一番印象深かったのは「何も始まらなかった一日の終わり」のハルオ編。
私は小さい頃、自分が初めて死を意識した日を覚えている。きっかけは忘れたが、両親も、そしていつかは自分も消えてなくなると知ってしまったことを覚えている。あまりにもショックで吐いたことを覚えている。

そういうある意味原始的な死への恐怖がこの短編集にはある。そして死は虚無と隣り合わせだ。
ちょっと怖くなるような、病んでしまうような、日本の兄弟はそんな作品。

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[投稿:2011-10-19 00:22:02] [修正:2011-10-19 00:27:43] [このレビューのURL]

7点 青い春

松本大洋の青すぎる春。

松本大洋初見だとかなり取っ付き難く感じるかもしれない。もしかしたらピンポンや鉄コンを既読の方であっても。

度胸を示すために簡単に命を懸ける。
ロシアンルーレットで生を感じる少年達。
取り返せるものならば…打てども打てども終わらない夏。
ヤクザの世界に飛び込む木村と誘い入れる鈴木。
飛べなかった少年は糞ったれな現実にピースする。
繰り返されるだべり。噛み合わない会話。
終わらない悪夢と報われない思い。

青春の鬱屈とした全てがここに詰まっている。

「誰か俺をこの檻から出してくれ!」

少年達の心からの叫び。閉塞からの開放を求める思い。出口は無い。
だからこそ青い春を読むときは息が詰まる。でも思い返してみれば、あの頃はそんなだった気がする。

青い春は松本大洋が奏でる青春のブルースだ。ただ本来のブルースというのはやりきれない現実や思いだからこそ明るく歌い上げる意外にノリのいい音楽なのだけど、ここにはひたすら陰鬱なものしかない。

でもこの暗く、青すぎる抑圧があったからこそ鉄コン筋クリートやピンポンで見せた解放がある。
青い春という作品は松本大洋のイニシエーションだったのかもしれない。トンネルの中が暗いのは当たり前なのだ。

松本大洋、この時未だ26歳。そのあまりにも青く鮮烈な才能が垣間見える。

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[投稿:2011-10-18 01:41:38] [修正:2011-10-18 01:41:38] [このレビューのURL]

オカルトを代表とする小道具の使い方がすごく上手い。くらもちふさこの隠れた秀作。

主人公が運命の男(女)に出会う物語、というと少女漫画の一つの典型例かもしれない。
月のパルスもそういう話なんだけど、そこはくらもちふさこですよ。一筋縄ではいかないかなり癖のある作品に仕上がっている。

父親に殴られた衝撃が原因か、16歳の高校生宇太郎は異世界や人に憑いているものが見えるようになってしまう。あることで同年代の女の子、紀は宇太郎と知り合い、恋をするが、宇太郎は彼女は頭の上に黒い憑き物を見ていた。
紀には月子という友人がいる。しかし紀が恋をした男の子はいつも月子を好きになってしまうのだ。だから彼女は月子と宇太郎を近付かせないと決意していたが、彼はしばしば異界の奥や夢の中で月子の姿をそれと知らずに見るようになり…。

最初の方をちょっと読めば嫌でも分かってしまう。ああ、宇太郎は月子に出会うんだなと。
主人公が運命の人と出会う、こういう物語ではほぼ100%その恋の障害となる人が現れる。ほとんどの作品でそういう存在というのは本命の2人を盛り上げる刺身のツマでしかないのだが、くらもちふさこは刺身のツマ、紀をも主人公格に持ってきてしまう。
視点の変更、紀の気持ちが哀しくて切ない。シンプルな話なのに一味違う。

これだけでも十分おもしろくはあるのだけど、それだけでは終わらないのがくらもちふさこ。
2回読むとまた違うものが見えてくる。鍵となるのはおばあちゃん。ただ呆けていたと思っていた言動、そしてミスリード、これはただ運命の出会いといえるのか?

以下ちょっとネタバレなので未読の方は見ないほうがいいかも。



ちょっと違う点から考えてみる。
題名である月のパルス。単純に月子の波動が宇太郎を捉える話としてもいい。また紀(きの)はのり(糊)とも読める。なのでのりが月とうた(パルス)の間に挟まる障害物でありくっつける存在であることを示唆しているという穿った見方も出来る。
2度見た後だとまた変わってくる。魔法のあめ、前世…月ちゃんは憑きちゃんなのだ。憑きの波動?それが運命?

正直震えた。下手なホラーよりよっぽど怖いよ

単純な物語に二重三重と意味を持たせるくらもちふさこには感服するしかない。もはや私にとっては怪作と言えるほどだけど、人によって色んな見方が出来ると思う。
読者によって異なる受け取り方が出来る漫画、多分そういう作品はすごくいいものだ。

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[投稿:2011-10-15 00:55:11] [修正:2011-10-15 00:55:11] [このレビューのURL]

この漫画を夜中に読んでいると、どうにもこうにもお腹がすいてきて困る。それくらい美味しそうってこと。

筧史朗は43歳、弁護士。生真面目で若々しい男性。
矢吹賢二は41歳、美容師。人当たりのいい少しなよっとした優しい男性。

2人は恋人…そう、彼らは共に暮らすゲイカップルなのだ!
「きのう何食べた?」は彼らが過ごす日々を、食生活を中心に描く漫画。

何といっても筧さんの料理がいい感じ。倹約家で、でも料理好きの筧さんは出来るだけお金をかけずに美味しい料理を作ろうとする。野菜やお肉などの底値を把握している所まで来るとつくづく徹底している。
でもただ生真面目じゃなくて可愛い所もあるのが憎めない。似たもの同士の佳代子さんと知り合った経緯とか笑。

で、何でこんなに美味しそうなのかなと考えた時に、やっぱり想像できるというのが大きいと思う。多くのグルメ漫画では派手で凄そうな料理が多く登場する一方で、奇抜すぎてどうにも味を想像できなかったりする。
この漫画で登場する料理は極めて一般的な料理に過ぎない。でも調理過程、筧さんの細かい工夫を詳しく描写することですっごく美味しそうに見えるのだ。知っている料理だけに食べたくなってとてもお腹がすいてくる。たまらない。
普段料理する人にとっては役に立つだろうなぁ。作りやすいだけに。

とはいえただの料理漫画ではない。調理シーンがメインとはいえ、あくまで食事は彼らの生活の一部である。彼らにも彼らの生活、悩みがあってそれらがうまく料理と関わってくる。
両親との対話や筧さんと賢二の将来についてなどゲイ関連の話から、2人の仕事や佳代子さんとの交流などの日常のエピソードまで色んな話が語られていく。あくまで理解してくれない両親や、一人の人間の前にゲイとして見られてしまう話など、現実を見据えているからストーリーが興味深い。

「きのう何食べた?」はどういう結末を迎えるのだろうか。正直さっぱり予想がつかない。
でもよしながふみはそれまでの細かい背景をつなげて最後に盛り上げるのは十八番。楽しみにしてます。

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[投稿:2011-10-13 19:28:21] [修正:2011-10-13 19:28:21] [このレビューのURL]

50オヤジと30女のラブストーリー。オヤジ的にはこれはこれでオッケー。

題材、設定はかなり独特でおもしろくなりそうだったのに…という個人的にはちょっと残念だった漫画。

女だけど結婚はせずに仕事に生きてきた娚、堂薗つぐみは報われない恋愛と仕事に疲れきっていた。祖母の葬式を契機に祖母の家に住み、田舎で生活することを決めたつぐみだったがいきなり家に押しかけてきた祖母の旧知だという大学教授と共に生活することになってしまって…。

このつぐみですが、正直個人的に、あまり魅力的な女性には思えない。私は男だけど、性別によらずあまりつぐみを好きな人はいない気がする。
というのもこの人の恋愛遍歴はひどいもので、恋愛に疲れて…というのも自業自得に思えるくらいだし、自分に精一杯かつ破滅的でどうしても傍らのオヤジを見ていると視野が狭すぎるように思えてしまうからだ。仕事が出来る美人は格好いいけど、それ以外を楽しむ漫画なのでね。

それでもそこそこに楽しめたのはやはり海江田教授の魅力というもの。包容力があってかつ稚気に富むというある意味オヤジの理想像。私的にはイーストウッドみたいなハードボイルドなオヤジが好きだけど、まあこれはこれでありだなぁと思う。
でも気になるのは何でそんないいオヤジがつぐみを選んだのかということ。最終巻まで読んでもちょっと完全には納得がいかなかった。

で、ハタと思ったのが結局この漫画って男でいういちご100%みたいな女性の願望を満たす漫画なのではないかということ。もちろん私は女性ではないからはっきりとは言えないけど、自分のことに手一杯な女性が年上の男の包容力に満たされるというシチュエーションに憧れる女性は少なくないんじゃないかな。
と考えると別に主人公は魅力的ではなくともオヤジが格好良ければ構わないし、つぐみを好きになる説得力がなくてもいいのかもしれない。男の私からすると教授いい感じだね、で終わってしまうのだけど。

私があまりこの漫画を好きになれなかったのは最終巻の怒涛の展開が大きい。
漫画というのは結局嘘なわけで、君はどれだけ魅力的な嘘をつけるかな?とはG戦でのある漫画家の弁だ。しかし私はこの作品のクライマックスの嘘には残念ながら気持ちよく騙されることはできなかった。かなりの残念ささえ残った。あくまで“私は”ということだけど、そんな人は少なくないと思う。

絵も少し気になる所。教授がわりと写実的に描かれているのに対して他の面々があまりに少女漫画なのでかなり乖離していたような感じ。後を振り向いた時に首が180度回転していたりとそもそもの絵の粗さが垣間見えた場面もしばしば。

海江田教授は、こんなオヤジは現実には間違いなくいないけど、だからこそ良いのだろう。娚の一生はオヤジに酔うファンタジーだったのかもしれない。

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[投稿:2011-10-12 18:20:29] [修正:2011-10-12 18:35:07] [このレビューのURL]

私が一番好きな短編集。高野文子のデビュー作。

まずタイトルからビビッと来る。絶対安全剃刀…何だろう?、読むと本当に電気が走る。すごいものに出くわした時の衝撃。
広い漫画界だから天才と呼ばれる人は少なくないし、色んな天才がいる。その中でも高野文子に関しては例え好きじゃなかったとしてもその才能を否定できる人はいないと思う。30年前の作品なのに未だ失われない革新性、影響力。多分こんな作品はさらに30年後にも色あせないのだろう。

絶対安全剃刀は17編からなる短編集。一番短いものは3ページ、一番長いものでも20ページしかない。でもそこに込められた密度は凄まじい。
どうもさっきから最高だの密度だの抽象的なことしか書けていない。私の力不足もあるのだけど、そんな作品群なのだ。形容できない、言葉に出来ないものだからこそ限りなく深い。でも出来るだけ表現してみよう。

この絶対安全剃刀の中でもほぼ全ての読者の目が行くのは「田辺のつる」。わがままな幼い子どもの話かと最初は思う。でもそれはつるの中の自意識。周りの家族が違うものを見ていると気付いた時にはちょっと震える。これぞ漫画の醍醐味だし、漫画でしか出来ないこと。

どれもこれも珠玉という安売りされている言葉が本当にふさわしい短編なのだけど、個人的にお気に入りなのは以下の三つあたり。
「ふとん」は死後の世界での、亡くなった女の子と観音様のとぼけた会話を描いたお話。悲壮感がないからこそ、その女の子のいじらしさと観音様の何ともいえないのん気さが哀しさを際立たせる。泣いた。
「あぜみちロードにセクシーねえちゃん」は行間を楽しむ作品のお手本。いい子と言われていてもね、内心色々あるよ。
「午前10:00の家鴨」は幸せの一つの形をブラックに描いている。何も欲しがらなければ足りなくなることはない。少しぼくんちを彷彿とさせる。
後「うしろあたま」なんか女性が読んだらすごく共感するんじゃないかな。男の私はあまりぴんと来なかったのだけど。

コマわり、絵柄から何から何までこの人の表現技法は幅が広く底が見えない。それが斬新なテーマ性とあいまってとんでもない短編集に仕上がっている。
漫画だからこそ、短編集だからこその魅力が絶対安全剃刀にはいっぱい詰まっている。

本当に言葉に出来ない凄さ、魅力。人間の心情っていうのは形容できないほど奥深いものがある。今後も長くお付き合いさせてもらうであろう名作。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-10-09 15:54:49] [修正:2011-10-10 17:31:32] [このレビューのURL]

6点 少女椿

ひどく趣味が悪い。そして趣味が悪いものを好きな人はけっこう多い。

花売りだったみどりちゃんは、母親が亡くなってしまって独りぼっちに。困って親切だと思っていたおじさんを訪ねると、見世物小屋の芸人にされてしまう。異形のものを見世物とする尋常ならざる世界に足を踏み入れたみどりちゃんはどうなってしまうのか。

陵辱、エログロ、幻想、そして畸形畸形畸形畸形…。
兎にも角にも猟奇、そして猟奇は耽美に昇華されていく。

これぞ丸尾末広だよなぁ。もう完璧にやりきっちゃってるよこの人。
江戸川乱歩の怪奇小説の正当後継者とも言える猟奇漫画に仕上がっているわけだけど、思っていたほど読みにくくはない。それは私が乱歩の小説をそこそこ読んでいたり、事前に丸尾版の芋虫を読んでいたというのはあるかもしれない。
でも結局これは美少女が残酷な運命に翻弄される物語、薄幸の美少女の物語だ。そのように基本プロットは普遍的なものなのである程度猟奇系に耐性があれば楽しめると思う。薄幸ってレベルじゃないけどさ。

ただやっぱり存分に楽しめるのは丸尾末広の猟奇趣味が気に入っている人なのだろう。
私は乱歩の猟奇系の作品は嫌いではないけど好きでもなくて、性的倒錯を扱った人間椅子やひとでなしの恋が好みだったりする。ティム・バートンの映画にしても奇形への愛をもろに押し出したバットマン・リターンズはそれほど好きではなくて、シザーハンズやビッグフィッシュのような美しく奇形をリファインした作品の方が好きだ。
そういう人間だから私は少女椿が大好きというわけではないし、私はあなたと逆だよ、という人にこそ特に強くおすすめ出来る作品かもしれない。私だってその耽美を感じる部分が大いにあるのはもちろんだけど。

猟奇好きの人にはバイブルとなりうる作品だと思う。別に好きじゃないよという人も、もしかしたら自分の知らなかった嗜好を発見することになるかもしれない。

ああ、みどりちゃん…。

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[投稿:2011-10-07 23:15:12] [修正:2011-10-07 23:15:12] [このレビューのURL]

6点 JOKER

ジョーカー好きのジョーカー好きによるジョーカー好きのための…とにかくジョーカー尽くし!

ブライアン・アザレロによって一冊丸々使ってジョーカーが描かれるというファンにはこれ以上ない作品。逆に言うと何でこいつこんなにジョーカー連呼してんだなんて思った人には用はない作品でもある。
今までのバットマンコミックだったり映画「バットマン」、「ダークナイト」でジャック・ニコルソンや故ヒース・レジャーのジョーカーに魅せられた人はこのジョーカーに触れる価値が確実にある。そしてそんな人はけっこう多いはずだ。アメコミの数多いヴィラン(悪役)の中でも彼は間違いなく1番だから。

アーカム・アサイラムからジョーカーが出所する所から物語は始まる。ジョーカーがいない間に彼の縄張りはマフィア達によって山分けされていた。出所するや否やジョーカーはマフィアを次々に殺して縄張りを取り戻していく。
ビッグな大物に憧れジョーカーに付き従うチンピラ、ジョニー・フロストの視点で話は進む。ジョニーは、私達はジョーカーの何を見て何を思うのか。

ジョーカーを主題とした作品で避けては通れないのがアラン・ムーアのキリングジョークだろう。キリングジョークはムーアがジョーカーを徹底的に分解することで狂気の裏側、理屈に裏づけされた読者にも理解しうる狂気というものを見せてくれた。矛盾する言い回しのようだが、それをやってのけたのがムーアの離れ業というもの。

ではこのJOKERはどのようなジョーカーを見せてくれるのか。それは全くもって理解できないジョーカーだ。ある意味キリングジョークの真逆とも言えるジョーカー。
上で述べたようにJOKERは一介のチンピラ、ジョニーの視点で話は進む。ジョーカーはマフィアを殺す。金のためか?そうではない。権力のためか?そうでもない。ただ酒を得るために店の店員を殺したりもする。ジョニーと共に私も叫ぶ。「何で?何でよ?」

このブライアン・アザレロ版ジョーカー、引き裂けた口などビジュアル面でダークナイトとの類似点を指摘されているが全くの偶然ということ。しかし驚くほどに似ている。
でも似ているのは外見だけではなくて、その描かれ方も同様なのだ。ダークナイトにおいてバットマンへの執着を除いては彼の行動原理は語られないし、ジョーカーが語る彼の過去はその時々で全く異なる。何もかも理解できないジョーカー、そういう意味でも実に似ている。
だからJOKERはダークナイトからジョーカーだけを抽出してそのキャラクター性を楽しめるようにした作品とも言えるかもしれない。

リー・ベルメホのアートワークも見所の一つであり、またトゥーフェイスを始めとする他のヴィランの連中も独自のアレンジがなされているものが多くておもしろい。
個人的に気になったのはやっぱりハーレイ。だってハーレイ&アイビーで馬鹿かわいい感じだった彼女がこんな寡黙な美女になっちゃってんだもん笑。てかハーレイはアニメイテッドのオリジナルかと思いきや原作にも逆輸入されてたのね。今後も見れたらいいな。

ジョーカー好きには必須のバイブル。特にダークナイトが好きな人にはおすすめです。

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[投稿:2011-10-04 20:52:05] [修正:2011-10-04 20:56:23] [このレビューのURL]

駅から5分の町、花染町を舞台に描かれる連作短編集。色んな意味で超濃密。
やはりくらもちふさこはすげぇーよ、と思わせてくれる。いや、技巧的な意味だけではなくね。

連作短編集ということで、短編によって主役は異なる。ある短編では主役でも、他の短編では脇役だったり、脇役とも言えない端役だったり、短編によって視点と人間関係はどんどん変化する。例えば知人や友人という直接的なものから落し物を拾った程度の些細なものまで色んな形があるし、もちろん登場しないことだってある。

別にこの技法はくらもちふさこのオリジナルというわけではなくて、映画や小説、時に漫画でも同様の技法が使われているものはけっこうある。陰日向に咲くなんてまだ記憶に新しい人も多いだろう。
しかし、くらもちふさこの凄さはこの複雑な技法を完璧に使いこなしている所。短編を一つ読むと、この人はこんな感じなんだなと考える。しかし読んでいくうちに、視点が変わるうちにどんどん色んなキャラクターの印象が変わっていく。まるで万華鏡のように見る角度によって色んな人の違う面を見せてくれる。1巻、2巻、3巻、そして読み直すごとにそれはどんどん深化して、変化が止まることはない。

本当に刺激的な漫画体験。読めば読むほどにおもしろい。
くらもちふさこは別にみんなが主役、なんて言いたいわけではなくて、一人の人間を掘り下げて描くためには一つの視点では足りないと考えただけだと思う。私がイメージしたのは連立方程式の、あの2つの式で一つの点が決まる感覚。もちろん人間はそんなに単純じゃないから絶対的にこういう人だ、と決まることはない。でもその点に近づいていく感覚が楽しいのだ。

一つ一つの短編を見ても十分おもしろい。やはりくらもちふさこが描く妄想劇は気づかぬうちに引きずり込まれてしまう。共感するというかもう本当にそのキャラクターの内面に引きずり込まれる感じ。
表現技法も相変らず新しいというか、すごいわ。文字や言葉に頼らない濃密な心理描写は相も変わらず見事の一言だけど、インターネット掲示板のイメージとかおもしろいよね。

実験的なために人は選ぶかもしれないが、くらもちふさこが天才と言われる理由を肌で感じられる作品。読むとひどく疲れるくらいに。
ちなみにスピンオフの「花に染む」の連載のために現在駅から5分は休載中。セットで読むとより理解が深まると思うのでおすすめです。あちらも同じくらいおもしろいし、やっぱりくらもちふさこはすごいな。

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[投稿:2011-07-18 01:28:47] [修正:2011-10-03 17:47:33] [このレビューのURL]